共依存について

回復を目指して

自分の経験を基に誰かのために役立てることはないかと思い、このブログサイトを開設しました。

実際に幾つかの記事を書き終え、妻に見てもらい感想を聞かせてもらうことにしました。

その時の妻の意見は
「自分のことだけやね」この一言でした。

家族・パートナーは置き去り

ハッとしました。

これまで何度も悲しませ泣かせてきたにも関わらず、今の自分に何ができるのか自分の内面にばかり目を向けていました。

妻は私の病気に対して何の努力や頑張ることもできず、見守るしかない立場だと…当事者の私の立場とは違う苦しみ悲しみを抱えてきただろうと認識していました。

だからこそ、その一言は胸に刺さりました。

思いもしなかった忠告

2021年の夏過ぎにTwitterでご縁のある方達にオフ会のお誘いを流しました。

コロナの影響も大きく10名近く参加に前向きになっていただいていていましたが、結果お一人の方とは辛うじてお会いすることができました。

この時、妻も同行しました。

この小さなオフ会に妻が同行したことで思わぬ話を聞くことになりました。

話が弾むなか相互さんが繰り出した一言が、奥さんは「共依存ですよ」の発言でした。

はじめて聞く単語、しかも予想外の妻への指摘に、その後もしばらくは共依存?が頭から離れない状態でお話を聞かせていただいていました。

共依存の説明だけではなく、家族会の存在や多岐にわたっての情報を教えていただきました。

情報を集めて

何度も裏切られてなおかつパートナーから離れないのは、ほぼ例外なく共依存です。

夫婦・親子に限らず関係性は広く相手との関係に自分の価値を見出す。
特定の相手との関係に依存しすぎるとあります。

自分の幸せを犠牲にしても特定の相手との関係を維持しようとするのです。

決して良い結果は出ません

夫婦愛や家族愛とまとめてしまえば、なにがいけないのか腑に落ちません。

しかし犠牲にしてまでというところに大きな問題があるのです。

なにかを犠牲にしてでも関係を優先することは双方にとって負のループに引きずり込まれます。

既に優先順位が見えなくなっている状態に陥っているのです。

こうなると当事者はそのまま依存先から離れられず、パートナーも自分の幸せを手放し当事者に依存してしまう。

二人で苦難を乗り越えてとは素敵な表現に聞こえますが、各々の幸せを手放してでもお互いのためにという考えは間違っています。

自分が幸せになれないのに他人を幸せにすることはできません。

自分にとっての幸せを見つけ優先することに限ります。

最後に

パートナーや家族には当事者に対しての自助グループと等しい家族会もあります。

中でも私が注目させてもらっているのが、心理カウンセラーのらいくみさんが運営されている「らいくみ塾」です。

優先順位、まずは自分が幸せになること、そしてお互いが幸せになることと私は捉えています。

参加が難しい、不安という方はらいくみさんが執筆されている本「夫はギャンブル依存症」がありますので、ぜひ一度読まれてみるのもおすすめです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました